忘れられ(うず)もれた歴史を辿(たど)る頁
このページは。忘れられ埋もれてしまっている歴史を辿る頁です。人々はこれまでの歴史の中で、より幸せな生活及びより豊かな社会を目指して少しずつ歩みを進めてきました。その軌跡が私たちの今の生活の礎になっているはずですが、先人達の歩んだ、決して平坦ではなかったその途は、往々に忘れられ埋もれてしまっています。その途を辿るのがこのページです。

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No.2013-1-11Z
『空海と朱(その1)』

『漢方薬として使われた竜骨』(“石灰石”No.390掲載)

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『漆喰と三和土』(“石灰石”No.391掲載)

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No.2004-3-3E
『マラッカに見た日本の火縄銃』

No.2006-1-6G
『群馬に見る“古代の朱”』

No.2007-1-8D
『科野、その成り立ちを求めて』

『藍と石灰』(“石灰石”No.397掲載)

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そのような忘れられ埋もれた事々はたくさんあると思うのですが、私が興味をひかれるのは、古代に於いて朱/水銀及び鉄が人々に果たした役割です。その事について辿ったのが以下のレポートです。
日本は石灰石が豊富で、朱や水銀の多くは石灰岩の岩脈中によく"鉱染"して見いだされます。以下は、その石灰石と人々との係わりを、石灰石鉱業協会の隔月誌"石灰石"に寄稿したショート・コラムです。
JINJYA.pdf へのリンク
SHINANOr.pdf へのリンク

No.2005-1-4E
『古代からあった金属に纏わる公害』

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No.2006-2-7
『母の故郷に見る鉄の跡』

KUHKAI.pdf へのリンク
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No.2009-1-10H
『古代・北東北の朱と漆』

『製紙に使われた石灰』(“石灰石”No.392掲載)

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『肥料としての石灰』(“石灰石”No.393掲載)

GUNMA.pdf へのリンク
HINAWAJYUH.pdf へのリンク

No.2005-2-5AA
『神社/寺&鉱山、タイと日本に見るその繋がり』

TOUHOKU.pdf へのリンク

No.2004-2-2
『千厩町とアユタヤを繋ぐもの』

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No.2008-1-9D
『阿波徳島と朱』

『石灰と石膏』(“石灰石”No.394掲載)

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Sekkaiseki394.pdf へのリンク

『コンニャクと石灰』(“石灰石”No.395掲載)

TOKUSHIMA.pdf へのリンク
SENMAYA.pdf へのリンク

No.2004-1-1D
『母の故郷から見た鉄の跡』